Century20 CARD ZERO ―愚者の行く末―

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ACT1

 県立北栄高等学校。
  瀬能朔の属する二年六組の教室は、白い新校舎の二階、ちょうど中央部に位置する。
 六限終了のチャイムから約十分後。物理のレポートを提出しおえ、教室に戻った朔は、なにやら窓際が賑やかなのに気づいた。
「おーい牧野。なに見てんの?」
 男女合わせて約十名の集団に友人の姿を見つけ声をかける。端から二番目の位置で身を乗り出すようにして外を見ていた牧野晃一は、振り返ると朔に手招きしてみせた。促されるままに、朔は牧野の指差す方向に目をやった。
 教室の窓は北の方向、正面玄関前の門に面している。牧野が示したのは、その北門に身体をもたせかけて立っているひとりの人物だった。
 校門待機の人影といったら、彼氏あるいは彼女待ちが定番だ。しかもコートにコットンパンツという私服姿のせいで目立つことこの上ない。
「ちょっと性別不祥だろ、あれ。男にも女にも見える」
 騒がしいと思ったら、その謎の人物の性別を賭けてトトカルチョをしているのだという。つくづくノリのいいクラスである。
「瀬能も加わるか? ちなみに一口三百円」
「いいけど、どうやって確かめるつもりだよ? 訊きに行くわけにもいかんだろ」
「だからさ、待ち合わせの相手が男か女かで決めるわけ。オッズは現在二対五くらいかな、男と女で」
「ふーん。ま、やめとく」
 ひらりと手を振って、朔はスポーツバッグを肩に担いだ。
「んじゃ、俺帰るわ」
「おー。明日な」
 男だ女だと主張しあう声を背後に聴きながら、朔は二年六組の教室を後にした。


「……一体なにを笑ってるんだ?」
 相変わらずの軽装で目の前に現れるなりくっくっと笑い出した朔に、性別不祥の謎の美人、イコール長年の相棒高都匡は思いきり眉をしかめてみせた。
「いやいや、なんでもね―。こっちのことでさ。……くっくっく」
 朔はしつこく笑い続ける。今頃教室では大騒ぎだ。しかもクラスの連中は匡のことを朔の"彼女"とみなす訳であり……。
 実の処匡が女性と間違われるのはそう珍しいことではない。だがそのたびごとにかなり本気でむかついている匡を見物するのはなかなかの娯楽だった。
「いいかげんに、……?」
 呆れ顔で息をついた匡が、ふと視線を朔の背後に流した。なにに気づいたのか台詞を途中で切り、ひとつまばたきをする。
「――なるほど」
 低い言葉の底に不吉なものを感じ、ぎょっとして朔は我に返った。
 匡をとりまく空気が硬質な絶対零度と化している。
(やっ……やっべー)
 ――忘れていた。
 高都匡は燃焼でなく冷却の方向へ怒りを発動するという性格をしている。
 怒れば怒るほど逆に頭脳が冴えわたる、という……朔に言わせれば「根性がひねくれている」ということになる、のだが。
 この手の人間の怒りの矛先が、自分に向くとなるとつまりは、最悪なのである。
「かっ帰ろーぜッ」
「ちょっと待った」
 うろたえる朔の服の袖をがしとつかんで、匡は極上の笑みで宣言した。そのまま朔ごとくるりと向きを変え、校舎に背を向けるかたちになる。
 片手で朔の頭を固定し、こころもち、背伸びをする。
 見惚れるほど整った顔が、すいと近づいた。
(げ――――ッ)
 はっきり言ってこの体勢はラブシーン以外の何物にも見えまい。特に、二年六組の窓からでは。
 息がかかるほど近く、耳許で、いっそ甘いほどに匡が囁く。
「次はぜひ制服着て来てあげよう」
「――――」
 朔はさーっと青ざめた。
 確かにこの前提において次回クラスメイトが詰襟姿の高都匡と会ってしまった場合……あらぬ噂が立つのは止めようがないかもしれない。
 朔は激しく後悔したが、すでに後の祭である。
 匡とつるんで長いが、朔はこうやって匡の逆鱗に触れては撃墜されてばかりいる。つくづく懲りない性格というか学習能力がないというか。
「じゃあ、行こうか」
 やっと朔を解放して、だが右の袖はしっかりと確保したまま匡は校門を抜けた。
「……どこ?」
「デートコースの第一歩といえばやっぱり喫茶店じゃないかな」
「誰が決めたんだ、いつどこで」
「たった今、俺がね。異存はよもやないだろう?」
「……さいですが……」
 がっくりと肩を落とし、朔は海より深いため息を吐き出す。
「なんか俺、おまえと友人やってんの本気で後悔したくなってきたわ」
「今更なにを言ってるんだ?」
 自明の理とばかりに、匡があっさりと問い返した。


「ひとつ訊きたいことがあんだけどさ」
 せめてこれ以上波紋を広げぬようにと足を運んだ、学校から程遠い喫茶店のテーブルのひとつで、砂糖をぶち込んだカフェオレをスプーンでしつこく混ぜつつ、瀬能朔の発した一言目がこれだった。
 悠然とブルーマウンテンのブラックを口許に運び、視線だけで匡は次の台詞を促す。
「なんで俺んトコの六限終わった直後におまえが私服でうろついてんのか、いまいち判然としねえのな、俺は」
「なにかと思えば。サボったんだよ」
「だーかーら、その理由がッ」
「俺の出席日数を気にしてくれているのかな? それは嬉しいかぎりだけど」
 違うだろおおおッッ、と脱力して――ただしカフェオレは死守したが――ごてっと朔はテーブルに突っ伏した。周囲のテーブルの人間がぎょっとして注目してきたが、匡はちらりと片眉を上げたきり表情を変えず、これまた地震状態のテーブルからすんでのところで救出したコーヒーカップを右手に頬杖をついて朔の後頭部を見下ろした。
「調べたいことがあったからね、少しばかり」
「……きのうのあれか?」
「ほかにないだろう?」
「そりゃ判ってっけど。でもわざわざ午前中全部潰してまで調べにいくようなもんって、あるわけ」
「それはやはり、まだ秘密ってことで」
「……頼むからその性格改善してくれよもーちょっと……」
「これ以上? 難題だなそれは」
 大真面目に両手を広げる匡を恨めしげに見上げ、よっこらせと朔は上体を戻した。
「やめた。おまえとマトモに会話しようとすると疲れる」
 ちきしょうカフェオレが冷めやがったッ、などとぼやきつつあさっての方向を向いてカップに口をつける朔を、くすくすと笑いながら眺めていた匡が――ふっと口許から笑みを消した。
「風が――」
「え?」
「出るよ」
 伝票とコートを取り上げ、匡は足早にレジに向かう。
「どこだ?」
 神妙な顔つきで朔が問い掛けた。今までの拗ねたような雰囲気はもう消え去っている。
「清園の近く……まだ判らない。とりあえず学校へ」
 昨日の少女――日比野奈央。住所を調べるために見た生徒手帳から、彼女が北栄から駅ひとつ隔てた清園女子高校の一年生であることは判明している。
 昨晩の時点では彼女が例の妖魔の特定ターゲットか否かはっきりしていなかったため、様子を見ようということで"見張り"を残す程度に、行動をとどめてはいたのだが。
(裏目に出たかな……)
 かすかに匡は眉をひそめる。まさかこんなに早く動いてくるとは。
「先行ってるぜっ」
 今にも走り出す構えで、首だけ曲げて朔が確認した。
「ああ。頼んだ」
「まっかせなさい」
 不敵に笑ってみせた残像のみを残し、朔は音もなく地を蹴った。走り出す。
 その後ろ姿を見送る匡の双眸が、次の瞬間ふわりと青色に包まれた。
 透明な青光を隠すかのように、彼は長い睫毛を伏せる。
 かたちの良い唇が、穏やかに言葉をつむいだ。
「わが友、水火地風の精霊たちよ、悪いが朔の面倒を見てやってくれ。あいつはどうもあぶなっかしいんでね……」


「奈ー央っ、帰ろ」
 紺のダッフルの肩をぽんと叩かれて、日比野奈央はとろとろと振り向いた。
 視界に友人である長谷えりかを認め、かすかに笑顔になった奈央の顔を、背の高いえりかは心配そうに覗きこんだ。
「ちょっと奈央、あんた大丈夫なの? 今日やたら元気ないじゃない」
「んー……なんか貧血っぽくってさー、昨日から。憶えてないんだけどね、昨日の帰りにあたし倒れちゃったらしくって」
「嘘。それ大変じゃない。学校なんか来てていいの奈央」
「うん、寝たらだいぶ良くなったから。それでね、通りかかった人が生徒手帳見て家までおぶってきてくれたんだって。名前は訊かなかったけど、誠心館と北栄の制服だったって」
「ちょっと誠心館ってあのエリート校でしょぉ!? もったいないっ、根性で顔見とけば良かったのにーっ」
「あーのーねー。んな余裕ないですって」
 苦笑して、奈央は鞄を抱えなおした。
(見たような気もするんだけど……夢だよねぇあれは)
 カード構えた化物退治の長髪美形少年、など現実に存在したらなかなか大笑いだ。
「いやいてくれたら嬉しいかもしんないけど……」
「なに? 独り言?」
「ううん、なんでもないない」
 ぶんぶんと首を振り、それより早く帰ろ、と駅へ足を向けた奈央の耳に。
 かんだかい、こえ、が。
 笑い声。子供の。
「――――!?」
 訳も判らぬまま、全身に鳥肌が立つのを奈央は感じていた。けして相容れぬものへの生理的嫌悪感だ。
「ちょっ……と、えりか、ここ、いや……あぶな、……い」
 本能の告げる危機感に従って、奈央は言葉を押し出した。
「えっ……って、ちょっと奈央!!」
 座りこむ奈央の姿に驚いてえりかが目を見張る。
「立てる? 今、先生読んでくるから待ってて。病院行こ病院!」
「大丈夫……だからえりか早く帰って。あたしいいから、先に。お願い」
「なに言ってんの、そんなんで大丈夫なわけないじゃない!! そこにいるのよ、判った?」
 叱りつけるように怒鳴り返しておいて、自分のグレーのコートを奈央の肩に掛け、長谷えりかはショートカットをひるがえして学校へ駆け戻っていった。
 遠ざかる後ろ姿を、寒気でがたがたと震えながら奈央は見送った。
 病気などではないことは自分が一番判っている。そうでなくてこれは――。
(……え!?)
 自分自身の思考に、奈央は驚愕した。
 なにを、自分は知っているというのだ!?
「きゃああっ!! いやっ、なに――」
 えりかが曲がった角の向こうから、ふいに悲鳴が耳に届いた。びくんと奈央は身を固める。
 それ以上えりかの声は聞こえなかった。足音もぱたりと途絶え、静寂が回復している。いや――かすかな音……はだしの足音がぺたりぺたりと、その角から近づいて――。
 くすくすと無邪気な笑い声。
「つまんなあい……すぅぐ気絶しちゃうんだもんねぇ? 殺しちゃいけないっていわれてるしぃ」
 奇妙に間延びした子供の声と……濃色のグリーンのうねる頭髪。
 午後の光の中でそれは、ひどく異様な姿だ。
(夢じゃなかった……!)
 ごくりと、奈央は息を呑んだ。
 その時だ。
「ちょーっと待ったぁ」
 場違いな明るさの声が、あろうことが頭上から降ってきた。思わず座ったまま声のした方向をふりあおぐ奈央のすぐ隣に、猫科の獣並の身のこなしで音もなく着地したのはやたら背の高い短ラン姿の少年だった。昨夜とは違う人物だ。
「あんた、なに」
「下級妖魔の『傀儡』ごときに名乗る名はないねッ」
 なぜか一メートルほどの木の枝を右手に、瀬能朔はにやりと笑ってみせた。
 長身をかがめ、左足を後方に引く。いつでも動ける体勢だ。
「今回は手加減なしだ。こっちからいくぜっ!!」
 ブゥン……と、朔の右手の枝が赤光を帯びるのを、奈央は見た。あり得るはずのない幻光。その光が全身に広がりその身体を完全に覆うのと同時に、朔は地を蹴った。
 ひと跳びで相手のふところまで詰寄り右手をなぎ払う。『傀儡』が跳びすさった。追いすがる朔に振り向きざま傀儡が強烈な肘打ちを放つ。紙一重でそれをかわし朔は逆に左足をみぞおちを狙って繰り出した。
「くうっ……!」
 ぎらりと瞳のない眼を光らせ、傀儡は大きく跳躍した。
「もらった!」
 勝ち誇った表情で朔はにっと笑う。右手が空を切った。
 剣のかたちをとっていた赤光が、しゅうんっとしなり傀儡へと伸びた。驚愕の表情を浮かべた傀儡の胴に、しなやかな鞭と化した光は幾重にも巻きつき、空中からひきずりおろした。
「悪いけど変幻自在って奴なんだな、これがっ」
 アスファルトに叩き付けられた傀儡の傍に膝をつき、朔はグリーンの頭髪を見下ろして告げる。
「さあてお嬢さん、質問タイムだ。なにが目当てでこの子を狙ってる?」
「あんたの知ったことじゃないよッ!」
「あのさあ、おまえさん自分の立場わかってんのかなーっ」
 朔は唇を歪めた。もともと詰問などは自分の得意とするところではない。
 なにせ常に傍らにはあの性格の非常によろしくない、口の達者な同居人がいるのだからして。
(あいつ待ったほうが楽かもな……)
 情けなくないこともないが……体力勝負ならばどんな相手であれ負けるつもりはないものの、この手のことは純粋に好みではないのだ。
「立場をわきまえぬのはどちらだか……」
 ――男の声がした。冷ややかに。
「…………!」
 考える前に身体が反応した。思いきり後方へ朔は跳躍する。
 全く同時に、白光が足許で無音の爆発を起こした。
「っ――」
 呆然とコンクリート塀にもたれていた奈央が息を呑んだ。突然の闖入者は明らかに『敵方』だ。だがあれでは……むしろ仲間にダメージを与えているのではないか。
「同士討ちでもしてんのかよ?」
 奈央を庇える位置に着地した朔も、同じことを考えたのかそう声をあげた。
「心配は無用というものだ。いや、儚い期待と言うべきかねぇ……」
 くっくっとひどく楽しげに、その男は笑った。
 白光のおさまった道路上の一点から、全く無傷な上体で傀儡が立ちあがる。まるでこともなげに深緑の髪をかき上げる、そのやや後方から。
「報告とは違うようだな、己夜。まあ構いはしないが」
 靴底をアスファルトに鳴らし、無造作に歩み寄る。かちりとスリーピースを着こなした隙のない物腰の青年だ。二十代半ばに見えた。
「己夜、あとはいい。下がっていろ」
 他者を従えるのに慣れきった声で、男はそう命令した。己夜、と呼ばれた妖魔は頭をたれ脇へよける。
「久々に手応えのある相手ってトコか? これはさ」
 平静を装ってはいるが、声音から先刻までの余裕が消えている。朔の背を凝視し、奈央はその事実に背筋を寒くした。
 目の前の出来事を理解できてはいないが、これはごまかしようもなくリアルだ。
「名前を訊かせてもらえねえかな」
 朔の台詞に男は片眉を上げる。
「いいだろう、俺の名前は紫戒だ。だが憶えなくていいぞ、おまえさんを帰す気はないんでね」
「…………!」
 男の軽薄そうな顔に残忍な嗤いがよぎった。朔は無言で身構える。油断のできる相手ではないことは判っていた。
 紫戒はあっさりと消してみせたのだ。朔の作り出した赤光……半実体化したオーラを。――しかも味方にひとつの傷をつけることもなく。
「もうひとつだけ訊く。なんだってこの子をつけ狙う!?」
「ほう、気づいてないのかい? ……なるほどそうか、おまえさん純血の"高都"じゃないんだな」
「質問に答えやがれっ」
「判った判った、まあそう熱くなるな、教えてやるよ。そこにいる彼女はな、俺にとって――いや、われわれにとってとーっても便利な人間って奴なのさ。珍しいぜ、『純粋の人間』のくせにそこまで精神エネルギー持ってるってのは」
「……なに!?」
「言い方を変えようか。つまりだ、その彼女さえ手許に置けば俺は少なくともあと数十年、食いっぱぐれる心配をしなくてもいいわけだよ。近頃じゃ体質が合う人間を探すのもひと苦労だ。つくづく面倒だよな、吸血鬼ってえ種族も」
「ヴァンパイア……?」
 口をつぐんだ朔の代わりに、呟くように問い返したのは奈央だった。
「人間じゃないって……二人とも?」
「ご名答だ。物分りの良いお嬢さん」
 答えつつ紫戒は、右の掌を上にして腕を伸ばした。白光がその上で躍りはじめ、やがて全身に広がる。
「さて、質問タイムとやらはこれでおしまいだ。素直に引くかい、坊主?」
「残念ながらフェミニストでねっ!」
「意見が合ったな」
 余裕の体で紫戒は腕を持ち上げた。がっ、と二種のオーラがぶつかり合い拮抗した。
「ちいっ」
 舌打ちし、朔は後方へ一回転して着地した。右手に握った木の枝で目の前の空間をなぎ払う。赤光がうねり、紫戒をとらえようと伸びた。だが紫戒の振り下ろした右腕が赤光を両断する。ぎゅうんっ、と赤光が二匹の蛇のようにのたうち先端から消滅した。
 すかさず拳がとんできた。かわし切れずに頬から鮮血が飛沫をあげる。
 制服に血が染みを描いた。これではまたもやクリーニング行きだ。まったくもって許しがたい。
「痛ッ……」
 頬を乱暴にぬぐい、数分前と変わらぬ位置で紫戒と対峙する。朔は肩で息をしていた。
 ギリギリのスピードで攻めていたつもりだ。だが敵はいまだ、その余裕すら微塵も傷つけず立っている。――悔しいがこれでは、こちらが圧倒的に不利だ。
(なっさけねえェ――――っ)
 心中で己を罵倒し、朔は体勢をたてなおした。強さを増した赤光に、紫戒が呆れた声をあげた。
「なんだ、まだやる気か? 俺は生意気なガキは嫌いなんだ、同じ種族ならなおさらな。いいかげんケリをつけてやるぜ」
「ほざけ!」
 赤光が疾った。ふわりと動いてそれをよけ、洗練された動きで紫戒は高速の蹴りを繰り出す。大きくジャンプして避けた朔は着地と同時に側転して第二波の軌道からそれ、再びアスファルトを蹴った。
「無駄だね、精霊魔術も使えない小僧が俺に勝とうなんざっ!」
 光がぶつかりせめぎあった。振り下ろされた赤色の剣を真っ向から紫戒が受けとめ、力をこめて弾き飛ばした。
「ぐっ……」
 朔が体勢を崩した。ふところにできた隙をぴたりと狙い紫戒はにやりと笑う。
「我が下僕たる風の賢者、我にいま力を。刃となりてかの者に滅びを与えたまえ!」
 白光が目を灼いた。思わず逸らした視線のすみで、奈央は両腕で顔面を庇う朔の姿をとらえていた。



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