空の見える窓

「異常なし、……っと」
 日誌に入力して、ひとつ伸びをする。いつもと変わりない一日が、またひとつ無事に過ぎたということだ。
「お疲れさま」
 横からコーヒーカップが差し出された。懐かしい声に振り向くと、これまた懐かしい顔が笑っていた。
「エルマ! 起きてたのか」
「ええ、今日からね。またしばらく、よろしく。――どう、最近は?」
「あいも変わらず、さ。航行計画は順調に消化中。老朽化は各所で進んではいるが、どこも当初の予想の範囲内だな。『村』には特にトラブルもなし、平和にやっているらしい」
「そう。なによりだわ」
「まあ……あえて個人的な問題を挙げるとすれば、少しばかり飽きてきた、ってとこか」
「――レオ」
 エルマがふっと笑みを消して、俺を見つめた。失言に気づき、俺はおどけた表情を作ってみせる。
「冗談、冗談。どうせ俺も、もうしばらくしたら眠る番だしな。ぐっすり寝て起きれば、忘れてるさ」
 まだ心配そうに見つめてくるエルマに笑いかけて、俺はカップの残りをぐっと飲み干し、立ち上がった。
「点検も兼ねて、散歩でもしてくるよ。ずっと座りっぱなしだから腰が痛い」
 エルマは少しだけ眉を下げた表情で、いってらっしゃい、と手を振ってくれた。

* * *

「失敗したなぁ……」
 ひとけのない通路を歩きながら、俺は頭を掻いた。飽きた、だなんて、あの瞬間まで心の中でさえ言葉にしたことはなかったのに。
 気が緩んだということだろうか。緩んで、抑えていた本音が出た? つまり――そう、確かに俺は飽きてきているのだ。この変化に乏しい日常に。計器と灰色の壁を見つめるばかりの、いつ果てるとも知れない日々に。
 頭をぶるりと振って、思考を中止する。俺は今、どんな顔をしているのだろう。
 足は自然と、人に会わないですむ方へ向いていた。『村』との数少ない接点である非常用通路、この旅が始まってから一度として使われたことはなく、このまま順調に進めば最後まで使われることもないだろう場所。ブリッジからはずいぶん距離があるから、担当区域を点検するためでなければ、わざわざ足を運ぶこともない。そういえばしばらく見廻りにも行っていなかったから、ちょうど良いというものだ。

 薄暗い照明に浮かび上がる通路を、のんびりと歩く。壁も床ものっぺりと無機質で、目に楽しいものがあるわけでもないが、毎日同じものばかり見ている身には少しばかり新鮮と言えなくもない。
 ゆるいカーブを曲がる。と、本格的に見慣れないものが視界に飛び込んできて、俺はその場に固まった。
 『村』からの通路のひとつに通じる扉から、いくらも離れていない場所だった。人の目の高さほどの円窓の真下に、……あれはどう見ても、うずくまった人影だ。
 隣接する区域の担当はエルマで、今ここにいるはずもない。遠目でもわかる細身のシルエットは他のクルーの誰とも重ならなかったし、そもそも身なりが決定的に違う。
 『村』の人間に違いない。――俺がこの場所で、もっとも会ってはいけない相手だった。

 たっぷり30秒ほどもその場に硬直してから、俺はやっと頭の回転を再開させた。人影からは予期していた反応のひとつも返らない。目を閉じ、壁にもたれ……眠っているのだろうか、あれは。
 今ならまだ間に合う。そう判断して、俺は足音を立てないように踵を返そうとした――頭では。だが、俺の身体はその命令を聞き入れはしなかった。
 魅入られるように、そう表現するのが相応しいだろうか。俺は息をするのも忘れてその人物を見つめた。眠り姫を見つけた王子の気持ちというのは、もしかしたら今の俺の感情とよく似ていたかもしれない。
 姫君に例えはしたが、惹かれたのは外見の美しさというわけじゃない。むしろ容姿は平凡なほうだろう。俺が目を離せなかったのは、その表情だった。伏せられた瞼、やわらかくほほえんだ口許。「幸せ」という言葉を表情にしたら、こうなるというような。
 ――幸せなほほえみ、なんて。
 もう一生、目にすることもないと思っていたものだ。
 そのとき、胸に湧き上がってきた感情を、なんと呼べばいいのか、俺は知らない。ただ、喉を焼くような熱さだけを、感じていた。

「……だれ?」
 自分のものではない声に、俺は我に帰る。いつのまにか、ぱっちりと開いた目が、こちらを凝視していた。
 しまった、と思うより早く、俺はもう一度息を呑んでいだ。先刻とは少しばかり違う驚きに。
 それは、ひどく美しい瞳だった。すきとおる青の色。高く高く澄みわたった夏空の、青だ。
思わず、呟いていた。
「――『そら』……」
 その少女は――相手が年若い少女なのだと、俺はここに至ってやっと認識していた――ひどく驚いた顔をした。
「どうして、知っているの?」
「……え?」
「あたしの、名前」
「名前? ……君の?」
「そうよ。あたし、そらというの」


 ――それが、俺と「そら」との出会いだった。

* * *

 そらと名乗った少女は、興味深げな目つきで俺の服装を眺めまわした。上から下まで合成繊維のつるりとした一揃い。天然素材のシンプルな衣服をまとった彼女の目には、さぞかし異風体に映るだろう。
 そして俺はと言えば、相変わらず彼女の瞳から目を離せずにいた。
「あなたの名前、教えてもらってもいい?」
「あ、ああ……。レオ、だ」
「じゃあ、レオさん。どうしてあたしの名前、知ってたの」
 少女は首を傾げた。ぱちりと瞬きをすると、瞳が濡れたように光った。乏しい照明でもわかる、その鮮やかな色。
「知ってたわけじゃない。ただ、君の目を見て、――空の色だと、思ったんだ」
 俺の返事を聞いて、そらはぱっと顔を輝かせた。それは驚くほどの変化で、俺は思わず半歩後ろに下がる。反対にそらは、ぶつかるようにこちらに体を寄せてきた。息がかかるほどに顔が近づく。
「あなた、じゃあ――『そら』を見たことがあるのね!?」


 ある――と、正直に言うこともできたろう。だが、俺は首を横に振った。
「いや……俺も、話に聞いただけなんだ。こういう、澄んだ青い色を空の色って言うんだって」
「……そう」
 あからさまな落胆を顔いっぱいに浮かべて、そらはうなだれた。その様子があまりにも残念そうで、嘘をついた罪悪感も手伝い、俺はもう少し、この少女と話をすることにした。して、しまった。

「この名前は、母さんがくれたの」
 通路の壁に背中を預けて並んで座り、俺はそらの話を聞いていた。
「母さんはね、ずっとずっと小さい頃、迷子になった。心細くてさみしくて、泣きたくなったときに、ふと、視線を上げて――」
 そらはその日の母親の行動をなぞるように、顔を上げる。ほそい指が、窓を指差した。
「あの、窓の向こうにね。とってもとっても綺麗な青い色が見えたんだって。本当に、吸い込まれるように綺麗で、それで母さんは泣くのも忘れてずっとそれを見つめた。そうしたらなんだか勇気が出てきて、またずいぶん迷ったけど、うちに帰れたんだって」
 くすり、と笑う。
「その日の夜に、母さんは母さんの父さんに、その青い色の話をした。母さんの父さん――おじいちゃんは、黙って話を聞いていて、話し終わった母さんを、ぎゅっと抱きしめたそうよ。そのままぽつりと、それは『そら』というんだ、憶えておきなさい、って。……おじいちゃん、泣いてたみたいだった、って母さん言ってた。あたしが生まれて、初めて目を開けたとき、母さん、その『そら』の色と同じだって思ったそうよ。だからあたしに『そら』って名前をくれて、どんなに綺麗だったか、何度も何度も話してくれたわ。もう一度、『そら』が見たいわって、母さんずっと言ってた。――死ぬまで」
 そらは目を伏せる。母親を想っているのだろう。俺は無言で続きを待った。
 少しの沈黙のあと、そらは俺のほうを向いて笑みを作った。
「だからあたし、暇を見つけては母さんの話の場所を探したの。探して、探して、探して、やっとこの間、ここを見つけた。だからここはあたしの秘密の場所。誰にも内緒よ。だって母さんが、あたしにだけ話してくれた秘密なんだもの。――あの窓、あそこから『そら』が見えるんだわ、そうでしょう?」
「……空は、見えたかい」
 答えるかわりに、卑怯な質問を、俺はする。そらは笑んだまま、かぶりをふった。
「いつ来ても、暗闇しか見えない。でもね、そういう時は、ここに座って想像するの」
「想像?」
「そう。母さんから『そら』の話を聞いてからね、あたし、いっぱい本を調べたの。どうしてだか、『そら』についてちゃんと書いている本は一冊もなかったけど、お話の本のいくつかに、すこしだけ、『そら』のことなんじゃないかっていう部分があった。こうやって目を閉じて、母さんの話や本で読んだ内容を思い出す。そうしながら想像するのよ。あの窓の向こうに、『そら』はどんなふうに見えるんだろうって……。それだけでもとっても楽しいから、いいんだ」
 うたうように、そらは言う。あの、幸せそうなほほえみを浮かべて。
「……そうか」
 相槌を打つことが、そのときに出来た俺の精一杯だった。

* * *

 扉の向こうに消えるそらを見送り、俺は居住区に戻った。幸い、戻る道筋でも誰にも会うことはなかった。クルーの誰かと顔を合わせていたら、何を喚いていたことか。自分でも自信がない。
「――畜生」
 個室の狭いベッドに転がり、低い天井に向けて呟く。畜生、畜生、畜生。怒りと苛立ちがぐるぐると体内に渦巻いていた。
 それは能天気に夢を見る少女に向けたものでもあり、彼女になにひとつ真実を語れない自分自身に向けたものでもあり、そして、俺たちが否応なく押し込められた運命に向けたものでもあった。
「空、なんてなぁっ」
 完全防音のこの部屋では、いくら大声をあげても他人に聞かれることはない。この船を設計した人間は、クルーが私室でわめきたくなることも想定していたのだろうか。
 あんた、偉いよ。設計者に感謝して、俺はひときわボリュームを上げて叫ぶ。
「そら! おまえ、空なんて、一生見られやしないんだ……!!」

* * *

 はじまりは、とある地球型惑星に、地球からの移民団がやってきたことだった。長い旅の果て――空間跳躍と冷凍睡眠技術のおかげで体感としては数週間だったらしいが――彼らは新天地に降り立った。穏やかな気候に恵まれた惑星は、人類によって汚しつくされる前の地球によく似ていた。地球で最下層の生活を送っていた人々にとっては、まさに天国に来た想いだったという。
 だが、<天国>の暮らしは、ほんの数世代で終わりを迎えた。巨大な隕石が、惑星に衝突することがわかったのだ。衝撃で人は死に絶え、生き延びたとしても人の暮らすことの出来る土地は消滅する。逃げ出すしかなかった。
 幸い、実際に衝突が起きるまでには数年の時間があった。かつての移民船には、全員を乗せてさらに余りある広さがあった。しかし二つだけ、足りないものがあったのだ。ひとつは、冷凍睡眠装置の数。そしてより深刻なことは、空間跳躍装置の故障だった。通常航行で、最も近い宇宙ステーションを目指したとして、数十年。住民の受け入れが可能と思われる地球型惑星まで、三百年はゆうにかかる。
 惑星の指導者たちは、苦渋の決断を下した。まず、宇宙船の運航を担うクルーに、最優先で冷凍睡眠装置が確保された。最低限の人数だけを残し、交代で装置を使うことで、最終目的地までの運航の見通しは立った。続いて、政治家や一握りの富裕層。数少ない残りは、年齢が高いものから順に割り当てられた。残ったごく若い世代と、志願した少数の大人は、眠りにつくことなく船に乗り込むこととなった。
 彼らは船の中に小さな村を作った。畑を耕し家畜を飼う、自給自足の原始的な暮らし。大人たちは子どもらに、その村こそが世界のすべてであると教え、物心つく頃から『村』しか知らぬ子どもらは、素直にそれを信じた。
 ――そんな旅が始まって、もう、30年以上が経っている。

 俺は宇宙に憧れて、宇宙船クルーの道を目指した。課程を修了した俺の、最初の本格的な航宙が、この旅になった。
 同い年の、俺とは違う道を選んだ奴等は、ほとんどが装置の中で眠っている。俺にも永い眠りを選ぶ権利はあった。だが俺は肯かなかった。宇宙船乗りを志した誇りと意地があった。長い旅だ、若いクルーは必要であろうとの、青臭い自己犠牲的な精神も後押しをした。――だが最近、その判断は本当に正しかったのかと、ふと自分に問うときがある。俺はすでに飽き始めていたのだ。俺の主観ではほんの数年に過ぎない、この旅に。それが絶望に変わるまでに、あとどれだけかかるのだろう?

 俺は空の青さを覚えている。夕暮れの、茜に染まる空も、夏の入道雲も、天から降る雨さえも。
 そらは、それらのなにひとつ知らずに生まれて、そしてなにひとつ知らぬまま死ぬのだろう。母親から聞いた、窓の向こうの青い色。それだけが、そらの知る『空』で、それすらも自分で目にすることは一生、叶わぬまま。
 ――とっても楽しいから。夢見る瞳で、ほほえむそら。夢を見ることを奪われた俺。空を知らないそら。空を覚えている俺。
「……畜生!」
 そらに空を見せてやりたい。その瞳が、それと同じ色を移して輝くさまを目にしたい。
 そらの夢を踏みにじってやりたい。その瞳が、絶望に曇るさまを目にしたい。
 自分が、どちらを望んでいるのか、わからなかった。
「畜生畜生畜生、ちくしょうッ……!」
 呪文のように俺はそれだけを繰り返した。天井を睨んだ目から涙が溢れてベッドを濡らした。旅立って初めて流した涙だったと、ずいぶん経ってから気がついた。

* * *

 俺はそれから、何度もそらの<窓>に足を運んだ。そらはいるときも、いないときもあった。そらに会った日には、そらの語る『そら』の夢を聞いた。断片的な知識をもとにした、そらの夢の空は、本物を知る俺にとってはずいぶん奇妙なものになることがあって、時折俺は笑いをこらえるのに苦労したものだった。
 思ったとおり、そらの母親は、ごく幼い時分に船に乗り込んだ子どもであるらしかった。船内の『村』での暮らしは出航よりずいぶん早くから始められていたから、まだ船が地上にあったときに、母親はあの窓から空を目にしたのだろう。
 そらが俺のことを何者だと思っているのかはわからなかったが、そらは俺に何も聞かず、それをいいことに俺もまた何も話さなかった。 時々俺を、二つの衝動が襲った。俺の知る空を教えてやりたいという衝動、空など一生見られないのだと告げてやりたい衝動。正反対なようで、どちらも同じことだ。つまり俺は、そらを俺の側に取り込んでしまいたかったのだ。そらが楽しそうに笑うたびに、それは強くなった。
 それでも俺はなんとかその誘惑をやり過ごし、そ知らぬ顔でそらと会い続け――そして、俺が眠りにつく日が来た。

「しばらく、来られなくなるんだ」
 俺がそう告げると、そらはちょっと目を瞠って、次いで首を傾けた。
「しばらくって、どのくらい?」
「うーん……ちょっとわからない。ずっと、かもしれない」
 わからないというのは嘘だ。だが俺は次に目覚めても、ここに来るつもりは無かった。そらと俺の時間は、離れてしまうのだから。
 そらの青い瞳が、悲しげに曇ったような気がした。あるいは俺のうぬぼれかも知れなかったが。
「だから、――元気でな」
 内心を押し殺して、俺は笑みをつくる。
 そらはぱちぱちと瞬きをして、それから、にっこりと笑った。空色の瞳いっぱいに、俺を映してくれた。
「うん、――元気でね」
 左の肩に、とん、と重みがかかる。そらの額の重み。
「ありがとう、レオさん。あたしの話、聞いてくれて嬉しかった」
 伸ばしかけた手を、俺は意志の力で止めた。そらを抱きしめたかった。だが、それをしていいのは、俺じゃない。

* * *

「おはよう、レオ」
 深い眠りから覚め、伸びをしながら私室に向かう俺を、呼び止めたのはエルマだった。今回は彼女のほうが先に目覚める番だったらしい。
「手紙を預かっているわ。あなたが眠ってすぐに、非常用通路に置かれていたものよ。――どうして私が見つけたのかは、聞かないでちょうだい」
 エルマは複雑な顔で笑うと、封筒を俺に手渡した。どきりと胸が鳴る。やわらかい筆跡で書かれた宛名は俺の名前、裏返して差出人を確かめると、予想したとおりの名が記されていた。――「そら」。


 ――レオさん、ありがとう。ごめんなさい。
 手紙はそう始まっていた。俺は手が震え始めるのを感じていた。
 ――レオさん、ありがとう。ごめんなさい。あたし、知っていました。レオさんより前に、ほかのクルーの人に会ったことがあるの。その人が全部教えてくれた。
 そのときはあたし、たくさん泣きました。あたしは一生『そら』を見られない。狭い船の中に閉じ込められて死んでいく。そのことが、とてもとても悲しかった。
 あの日。あたし、これで最後にしよう、もう来るのやめようって思っていました。一生手の届かないものを夢見たって、悲しいだけだから。それでも、いつものように膝を抱えて座って目を閉じて――うとうとしていたのかもしれない。そうしたら、『そら』が見えた気がした。悲しかったはずなのに、あたし、なんだかとっても幸せな気持ちになってた。
 そして、レオさんに会ったの。
 レオさんは、あたしの目を空の色って言ってくれて、あたしの話を聞いてくれて、本当のことを何ひとつ言わないでいてくれた。あたし、その全部がとっても嬉しかった。想像するだけで楽しいって、レオさんにそう言いながら、本当にそう思えたの。たとえ、空を見る日が、あたしには来ないとしても。
 いつの間にか、レオさんが、あたしの『そら』だった。
 だからあたし、ずっとずっと夢見ることにしました。いつか子どもが出来たら、その子にも話してやるの。その子はきっと、そのまた子どもに。そして――ずっとずっと先の子どもが、本物の空を見る日が、きっと来るわ。そのとき、その子はどう思うかしら? ああ、聞いていた通りだって、思ってくれるかしら? それとも、聞いていたよりも何倍も何百倍も素晴らしいって?
 あたし、その日を想像するだけで、楽しくなることが出来るの。

 レオさん、ごめんね。あたしの話を聞くの、つらかったでしょう。でも、あたしはレオさんに、勇気を貰いました。あたしからもレオさんに、勇気を返せたらいいのだけど。
 レオさんが、そしてあたしのずっと先の子孫が、無事にそらの見える星にたどり着けるよう、祈っています。

* * *

 俺はまた、そらの<窓>に来ていた。そらに初めて逢った場所。そらの話を聞いた場所。そらに、別れを告げた場所。
 円窓を見上げる。その向こうは今日も漆黒の宇宙が広がるばかり。
 だが、いつかここから、青い惑星が、そして抜けるような青空が見られる日が来る。その日を手繰り寄せるのが、この船のクルーの――俺の、一生を賭けた仕事だ。
 飽きたなんて、言っていられるものか。
「そら」
 闇色の窓を見上げて、俺は呼ぶ。
「そら、――約束するよ。『そら』の見える星まで、必ず」
 手紙を胸に抱き、俺は誓った。そして踵を返し、歩き出す。俺の、いるべき場所へと。

(元気でね、レオさん)
 背後でそらが、手を振った気がした。

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