「お願いします! 探しているんです」
駅前で泣き出しそうな必死な顔をしてビラを配っているのは、五十代くらいに見える女性だった。
押しつける勢いのそれを思わず受け取って、中身を確認する。
血統書つきの犬が行方不明になったという内容だった。部屋飼いなのだろう、おっとりとして毛艶のいい小型犬。記された失踪の日付は半月前だった。
迷い犬なんて、見つかればすぐに保健所に保護されるはずだ。首輪にもしっかり飼い主の名が入っているというし、しかもこんな、いかにもトロそうな犬。山に逃げ込むなんて芸当もしないだろう。
いまになっても見つからないのなら、彼女の愛犬は、どこかの誰かが拾って自分のものにしてしまっているのかもしれない。
彼女はどんな飼い主だったろう、と考える。
優しかっただろうか。厳しかっただろうか。愛の言葉をくれただろうか。躾はちゃんとしていただろうか。食事や運動に気を遣ってはくれただろうか。
とらわれのお姫様――メスだ、とビラには書いてあった――は、窓の外を眺めては主人のもとに返りたいと嘆く日々なのか、……それとも。
ねえ、あなたのお姫様は、もしかしたらあなたのもとを離れてせいせいしているのかもしれませんよ。
そんなことを考える自分が歪んでいるのは知っている。
でも。
だって。
「由美子! 遅いじゃないの心配したわよ!」
玄関のドアを開けた途端に金切り声で迎えた母にごめんなさいと謝って、靴を脱ぎ洗面所に行って手を洗いうがいをする間もくどくどと繰り返される小言にいちいち答えて。
あなたを愛してるのあなたを愛してるのあなたを愛してるのだからあなたは私の思うとおりでいなければいけないの――
重たく自分勝手な愛を押しつけてくるこの母と、あの彼女が、私には重なって見えたのだ。
いつか私も、この愛を振り捨てて逃げていく。
そうしなければきっと、私は息が詰まって死んでしまうだろう。
――ああ、どこかにいるとらわれのお姫様が、どうか幸せでありますように。
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