白珠の巫女

前夜


 外した面から豪奢な金の髪がこぼれると、競技場中がどよめきで溢れた。
 現れたのは、まだ幼さを残す少女の顔。
 つい先刻、対戦相手から一本を奪ったレイピアをくるりと手の中でまわして鞘に収め、洗練された仕草で一礼すると、少女は凛とした声音で言い放つ。
「名を偽りまして応募しましたこと、謝罪いたします。騎士志願は男性のみの資格と存じております。――けれどもわたくしはここまで自力で勝ち上がりました」
 それは事実だった。フェデリア中から腕に覚えのある若者が集まるこのトーナメントで、面頬を取らない「謎の剣士」はあざやかに勝ち上がり、いま準決勝の相手を下したところだ。
 金の髪、湖の瞳の少女は、審査席の騎士隊長をひたと見据えて言葉を続ける。
「資格のないこと、承知のうえでお願いいたします。優勝しましたら、わたくしの入隊をおゆるしください」
 数え切れぬ野次が飛んだ。おおむねそれは、少女を称えるものだった。場内を揺るがすほどのそれを確認するように一度ぐるりと見渡すと、隊長は思案げに目を細め、そして頷く。
「――よろしい。次の試合に勝てば、君の入隊を認めよう」
「ありがとうございます!」
 緊張のためか白く血の気がひいていた頬が、ぱっと紅潮した。少女が初めて見せた笑みは、一瞬で場内を魅了した。

 そして彼も、例外ではなかった。
 念願かなって、初めて観戦できたトーナメントで、男性と対等に渡り合うわずか十五の少女に、その強さと美しさに魅せられた。
 いつか自分も、あの隣に。漠然と、けれどもたしかに、望みが育ちはじめたのは、ふりかえれば確かにそのときからだったのだ。

 ――その日フェデリアには、史上初の女性騎士が誕生した。クリスタル=リーベル=スタイン。国務卿の愛娘にして、トーナメントの優勝者。十五歳での栄冠は、性別を抜きにしても快挙だった。クリスタル――騎士クリスの名は、瞬く間にフェデリア中に知れ渡ることとなる。


 少年が次にクリス=スタインの姿を目にするのは、それから約一年後。
 新年のパレードの警護として、騎士隊の礼装をまといゆったりと白馬を進ませる、若き騎士の姿がそこにあった。
 以前より短く切られた金髪をすっきりと束ね、誇らしげに顎を上げた横顔が、目の前を通り過ぎてゆく。
 一陣の風が、彼女の肩を覆う緋色のマントを巻き上げた。同色の細かな刺繍で施された騎士のしるしと、その下の白と金との、しみひとつない隊服と。なにもかもが真新しく美しい。
 彼は思わず、自分の身体を見おろした。肉の薄い身体を、サイズの合わない古着が包んでいる。
 ――あの場所は、あまりにも遠い。

*

 扉を叩く音に、巫女はもの想いから覚めた。
 見おろした身体はあいかわらず細く、けれどもつつむ服はまるで違う。この一着できっとあの頃の暮らしのひと月ぶんがまかなえる。
 自分はあの日の少女に近づいたのか、それとも遠ざかったのか。
 ……それはきっと、これからの日々が審判をくだすだろう。

 銀色の長い睫毛を伏せて、巫女は静かにわらう。
 アメジストの色の瞳に、陽光がきらきらと反射していた。

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