【1】
「じゅーさん、じゅーし、……じゅーごっ!」
15のカウントと同時に、瀬能朔は右腕を思い切り薙ぎ払った。その手に握られた、赤光を放つ剣に切り裂かれて、15番目のあやかしが断末魔の悲鳴を上げた。
「31」
少し遅れて背後から落ち着いた涼やかな声が届く。同時に、どんと背中を押されたような感覚があった。振り返るまでもない。相棒である高都匡の魔法が起こした青色の爆発が、彼の相手取っていた妖魔をまとめて数匹、闇に還したところだった。
「ダブルスコアにされた感想は?」
「おまえの得意技のほうが一対多に向いてんだからあたりまえ。つーか今日なんなんだよ? いくらなんでも大量発生しすぎ」
会話をしながら互いに数歩近づいて、背中合わせになる。弱いが数で勝る相手に対するときは、ひと段落ごとにこのポジションに戻るのが結局最も効率がいい。すでに倒した数は二人あわせて46になっているが、遠巻きに取り囲む妖魔は、少なく見積もってその倍ほどはいるように見えた。
歯をむき出してきききと唸るのは、威嚇の姿勢であるようだった。――この程度の小物は人の言葉をほとんど喋らない。かれらは一様にふくれた腹といびつに曲がった細い手足、異様に大きいまるい頭を持っていた。小型犬ほどの大きさで、力も知能も能力も怖れるにはあたらないが、動きが素早く、なにより数が多いのが厄介だ。田舎では十数年に一度ほどの割合で特定の虫が大発生することが多いが、この現象はどこかそれに似てる気がする。気持ちの悪さではこちらが数倍上ではあるが。
「たまにはこういう日もあるさ。ほら、怠けてないでさっさと行っておいで。そろそろおしまいにしよう」
爽やかすぎる笑顔で促されて、はーあとため息をつきつつ朔は剣の柄を握りなおした。思念で作り出したそれが汗で滑ることもありえないが、癖のようなものだ。
「よっと」
軽い掛け声とともに地を蹴る。常人にはありえない高さの跳躍を、目撃される心配がないのが救いだ。そういう部分、相棒は抜け目がない。住宅街のはずれの人も車もそう通らない一角には、さらに人避けの結界が施されていて、声も姿も外に漏れないようになっている。
そんなことを考えながら妖魔の群れのど真ん中に着地した朔は、間髪をおかずに右手を大きく振った。剣の形が崩れて鞭のように長く伸び、逃げ惑う異形の魔物にからみつく。
「匡、そっち行ったの頼むわ」
「了解」
匡が左手をひらめかせた。その手から放たれたカードは鋭利な刃物以上の切れ味を持つ、匡の愛用の飛び道具である。目の端でその様子をちらりと確認して、朔はさらに敵の密集地帯に突っ込んだ。とりあえず目に付くものから切り伏せていく。気分はほとんどもぐら叩きだ。
「――50ッ」
四半時ほどで、周囲からあらかたの気配がなくなった。息をついて額の汗を拭う。立ち回り以上に、手の中の光剣が体力を削いでいる。
「朔!」
そこに鋭い声がかかった。同時にざっと、頭上で梢が揺れるのが聞こえた。振り向きざまに、朔は斜め上方に躊躇なく斬りつける。人家の庭から張り出した果樹を足がかりにとびかかってきた妖魔が、耳障りな悲鳴をあげて塵になった。
勢い余った赤刀は果樹に激突して、枝が不穏な音をたてる。
「……げっ」
妖魔に無理やりによじ登られることでずいぶんと負担のかかっていたらしい枝は、思わず硬直して見守る朔の前でめりめりと折れ曲がり、とうとうぽっきりと折れて落ちてきた。やっべぇ、と朔は頭を掻く。平凡な一般人の皆さまには迷惑をかけずに、が、彼らのモットーなのだ。
「あーしかもこれ柿じゃねえか。桃栗3年柿8年つうんだぞ、植えて8年待たねえと食えねえんだぞ? くっそ」
妖魔が消えたあたりをぐりぐりと踏みにじる。半分は自分の責任なだけに許しがたい。
「またずいぶんと面白い観点で怒るね、朔は」
どこか呆れたような声音で、相棒が声をかけてきた。どうやら枝を気にしていた間にすべて片付いていたらしい。両手を叩いて汚れを払うような仕草をする高都匡の両目から、その魔術の具現である青い色が薄れていく。
「実感こもってっからなー」
子供の頃植えた柿を、とうとう食べそこなった経験があるのだ。しみじみと朔は頷く。
「まあ、実感から生まれた言葉だからね」
「ガキの頃知ってりゃ栗植えたぜ俺。桃栗3年と柿8年の違いってでかいぞ」
「だとしたら柚子や梅はなおさらだね。桃栗3年柿8年、柚子は9年でなりかかり、梅は酸い酸い13年――」
「梨の大馬鹿18年」
面白がるようにそらんじる匡につられて、思い出すより先にラストが口をついた。
――梨の大馬鹿、十八年。
その瞬間、古い面影が脳裏をよぎった。
「……あ――――っ!!」
宙を見上げて絶叫する瀬能朔に、高都匡は冷たい視線をひとつよこして、ぽつりと呟いただけだった。
「そろそろ物忘れが激しくなってきたかい、ご老人」
――そして例によって、ひとかけらの反論の余地もないのである。
【2】
桜にわずかに遅れて、その木は繚乱を迎えていた。
鬼の棲むという、死体が眠るという、花ばかりが先走って視界を染める桜の在りようと、それはずいぶんと違う。若葉の緑と花弁の白と、二つの色を同時に抱いた平凡な花木が、まるで世の理そのもののように見えた。
誘われるように庭に出て、瀬能朔はその木を間近に見上げた。
「なんか、いいな、この木」
しばらく無言で見上げたあとで、ぽつりと呟く。
らしくもなく感傷的なのは、相棒の気鬱がうつったのかもしれなかった。花の季節が来るたび、高都匡は少しだけおかしくなる。それでも朔の前ではいつもどおりに笑うのが気に食わなくて、喧嘩の果てに出奔してきてしまっていた。今年もまた桜が散るまで、ひとときの別離が訪れるのだろう。
新緑の頃にはお互いけろりとして、もとに戻るのもわかっているのだが。
「気に入った?」
背後からかけられた声に、朔は振り向いた。ラフな部屋着にカーディガンを羽織った格好で、笑いかける女は二十代半ば。容姿も服装も典型的なハイティーンの朔と並ぶと、少しばかり奇妙な取り合わせに見えることだろう。姉か、いとこか。それくらいの年齢差だ。
「朔が花が好きとは知らなかったわ」
「や、別にそーゆーわけでもねんだけどさ」
ぽりぽりと、朔は人差し指で頬を掻く。目の前の木に感じたものを、うまく言葉に表すのは難しかった。
「よくわからないけど。気に入ってくれたなら嬉しいわね。この庭の中であたしの一番好きな木なのよ」
「そーなんだ? 俺、初めて見た気がすんだけど」
「そういえば、今年は開花が早いわね。いつも朔が帰ってから咲くから。これ、梨の花よ」
「へえ」
朔は感嘆の声を口にのぼらせた。意外な身近さに加えて、感嘆の種はもうひとつある。
「てことはこれ、梨花子と同い年だったり」
「するのよ、ありきたりなことにね」
白い花の名前を持つ女は、肩をすくめて笑った。梨の花のようなとは、楊貴妃を讃えた言葉だったか。歴史に名高い美女に比するには、あまりに平凡な女だった。そういうところが、魅力でもあるのだが。
「でもいいじゃん、毎年自分ちの梨食えるんだろ。今度秋に来ようかな」
「残念でした。梨の大馬鹿十八年って知らない?」
「は?」
「桃栗三年柿八年、の続き。小学生の頃さんざんそう言ってからかわれたわよ。梨って実をならせるの難しくてね、うち、十八年どころか二十五年たってもいまだに実がなったためしがないわ」
「じゅうはちねんー? なっがいなそりゃ」
「長いわよ。生まれたばかりの子供が、高校を卒業しちゃうんだもの」
いとおしむように、実のならない木の肌を梨花子はやわらかく撫でた。
「二十五年なんかもっと長いわ。大学も出て、就職して、嫁きおくれて」
「……りか?」
「でも朔はずっと、そのままなのよね」
声音がほんの少し、変化していた。
朔は梢に向けていた目を、梨花子の背中に向ける。
「出逢った時は、あたしのほうが年下だった。いまはだれが見てもあたしのほうがおばさんだわ」
「……うん」
「ごめんね。辛くなっちゃったの」
ふりむいて女は笑う。
出逢ったころはひまわりのように屈託なく笑う少女だった。
当時よりはるかに整った笑顔に、いまは苦味ばかりが強い。
「朔が好きよ。でもこの花みたい。綺麗だけどなにも実らなくて、時間ばっかり過ぎて、待つのがだんだん辛くなるの」
「……うん。そうだな」
「ごめんね」
「謝んなよ」
また微笑まれて、思わず伸ばした手を、けれども梨花子には触れさせずに朔は引いた。
その様子を哀しげに眺めやって、女は一歩朔に近づいた。
体温が伝わるくらいに近く、けれども触れ合いはしない距離で。
「――ねえ、わがままを言わせて。約束をひとつ、頂戴」
「約束?」
「あたしがいまよりもっとおばさんになってから、一度だけ、会って」
囁いた唇が震えていた。
「あたしは馬鹿だから、そうしないときっとあなたを忘れてしまう。憶えていたらいつまでも哀しいから、記憶を捨てたくなってしまう。でも、そんなの嫌じゃない」
「りか」
「朔を好きになったあたしまで、捨ててしまうの悔しいじゃない。だから、会いにきて」
「……それで、梨花子がいいんなら」
「ありがとう」
女はもう一度、笑う。
今度の笑顔は、昔のものによく似て見えた。
「そうね、この庭に梨をもう一度植えてみるわ。今度はがんばって育ててみる。……十八年たったら、実がなったかどうか、確かめに来てくれる?」
「十八年後の、秋、だよな。わかった。必ず来る」
「約束ね」
「ああ」
女が目を閉じたから、彼女が望むものを朔は与える。
そしてまぶたがふたたびあげられるより先に、背を向けた。縁側から家に入り、鞄ひとつを拾い上げて、玄関で靴を履く。追ってくる気配はなかった。それを寂しいと思う気持ちは薄い。
いつか来るだろうと、もうずっと、覚悟だけはしていたからだ。
(もう、慣れた)
その呟きが強がりに響かないことを願いながら、瀬能朔はただひとりの相棒の待つ街に向かって歩き出した。
それでも自分には、まだ帰れる場所がある。
――あの街の桜は、もう散ったろうか。
【3】
高都匡との会話の中で、今年が十八年めだったと思い出したのは、8月もなかばを過ぎるころだった。約束の季節にはかろうじて間に合っていた。
たくさんの女が自分のそばをすり抜けた。たくさんの約束が残った。果たされた約束、果たされなかった約束、いまだ来ぬ約束――
それでもそのひとつひとつを大事に憶えていたいと、思うのだ。
思うの、だが。
「朔はもう少し、約束の安売りを自粛したほうがいいね」
大真面目な顔で高都匡が忠告した。それは正しいと、朔自身も思う。もともと物覚えがいいほうでも、几帳面なほうでもないと自覚はしている。朔が忘れずとも、約束を交わした相手がそれを忘れてしまう可能性も、いつだってある。
それでも約束に頷いてしまうのは、せめて自分が存在したことを、わずかにでも残したいと思ってしまうからだろう。
高都匡のように笑みを浮かべて超然と在ることは、朔には出来ない。
――だから。
10月の晴れた日、瀬能朔は自宅をあとにした。行ってきますと、軽やかな声を背後に投げて。
約束をひとつ、果たしてくる。匡にはそれだけを告げた。
十八年の歳月は、古い住宅地をすっかり様変わりさせていた。背の高い鉄筋の集合住宅がいくつも建って、空が記憶よりずいぶんと狭い。それでも一軒家が立ち並ぶ一角では、昔とおなじたたずまいを見せている家屋が多くて懐かしかった。
おぼろげな記憶を頼りに目指した家も、ありがたいことに変わらずそこにあってくれた。だが近づいてみると表札が消えている。門自体もずいぶん薄汚れて、人の暮らしている様子がない。
(……ま、こんなもんか)
肩をすくめて、それでも朔は開いたままの門から敷地に足を踏み入れた。裏庭にまわるとすぐに、甘いにおいが鼻をついた。
「う、わ……」
思わず声が漏れる。
視界を占める、鈴生りの薄茶色の果実。
枝いっぱいの、梨の実、だった。
「すっげぇ……」
旨そう、と続けようとしたところで、背後からかすかな足音が届いた。
「梨花子?」
十八年前に別れた女の名を呼んで、朔は振り返る。
だが見つけたのは、予想していた中年の女の姿ではなかった。
野暮ったいまでにおとなしく着こなしたブレザーの制服、ふたつに分けてきっちりと編んだ髪、化粧けのない、可憐さよりは理知の勝つ顔立ち、抱えるようにして持った学生鞄。別れた春よりなお若い、けれども確かに懐かしい――かつての篠原梨花子、そのままの、少女。
「……梨花子……!?」
違う感情をのせて再びその名を朔が呼ぶのと、かたくこわばっていた少女の表情が崩れるのが同時だった。
顔いっぱいに笑顔を浮かべて、一目散に駆けてきた勢いのまま、少女は体当たりをするように朔の腕の中に飛び込んだ。戸惑いを隠せないまま、朔はその細い身体を抱える。
そのままどれだけ、互いに口を開かずにいたろうか。
なぜ、なにが、――疑問符ばかりが思考のうちがわで駆け巡る。それを止めたのは、ようやく顔を上げた少女の声だった。
「――ごめんなさい、違うの」
「え?」
「あたし、梨花子じゃない」
そう告げた少女の顔をまじまじと眺めて、そして朔はひとつ息をついた。
「そっか。……そうだよな。梨花子のわけがない。おかしいよな。……わるい」
「ううん」
三つ編みを揺らして少女はかぶりを振る。
「間違えるの、わかる。そっくりだもの。……梨花子はね、あたしの母さんです。あたし、十八年前に、ここで生まれたの」
「母さんって――結婚したの、か」
繰り返して、朔は小さく笑う。
「梨花子は、ここには来てないんだな」
わかりきったことを、それでも朔は訊ねた。約束が果たされないのならそれでもいい。――約束を果たしたくないほどに、いま彼女が幸せであるなら、そのほうが良かった。
「ん。……あたし、伝言をあずかってきてるの」
「伝言?」
「そう」
頷いて、少女は朔の首を引き寄せるように体重をかけ、いっぱいに背伸びをする。
唇が重なった。
硬直する朔を間近に見つめて、ゆっくりと、少女が告げた。
「愛してた。ずっと、ずっと、忘れられなかった。ほんとうは、あなたと一緒に、行きたかったの」
それは。
その声は。
「――りか――?」
間違いなく、あの少女の。あの女の。
「あなたを待てなくて、ごめんなさい」
花のように、――白い高貴な花のように、少女は微笑んだ。
そしてそっと身体を離して、朔の隣をすり抜け、歩き始めた。もと来た方向とは逆、庭の奥へ、梨の木のほうへ。
(――あたし、十八年前に、ここで生まれたの)
唐突にその言葉の矛盾に気づいた。その言葉が正しいのなら、少女が篠原梨花子の生んだ娘であるはずがない。ありえないことを、たぶん誰よりも朔本人が良く知っている。
では、彼女は。
思考が言葉になるより先に身体が動いた。人間離れした脚力をもって、ほんのひと跳びで少女に追いつく。つかまえようと伸ばした手は、けれども空を切った。――すり抜けた。
振り返った少女がさみしげに笑った。その身体が空気に溶けるようにぼやけて、すうと消えた。
ざ、と風が鳴った。
たわわに実っていたはずの果実が、いつの間にかひとつのこらず見えなくなっていた。その代わりに視界一面を、見る間に咲いた白い花が占領した。ビデオの早回しのようにつぼみを膨らませ花開きそして雪のようにはらはらと降った。
朔にはあまりに親しい、この世ならぬ怪異。
――あなたを待てなくて、ごめんなさい――
白い花弁は抱きしめるように優しく朔をつつんで降りしきる。
「…………」
天を見上げて朔は名前をひとつ、呼ぶ。最初は吐息すらまじえずに、繰り返すたびに少しずつ強く。
「……、……ぅ、匡、匡ッ……! 聞こえるんだろ……! さっさと来やがれ――――!!」
そのとき、なぜ、高都匡が必ず来ると思ったのか、朔は知らない。けれど匡がどこにいてもこの声を聞き届けると、ひとかけらの疑いもなく信じていた。
そして確かに、瞬きをひとつ挟むあいだに、誰よりも良く知る姿が目の前に現れている。奇跡のような白皙の美貌のなか、漆黒の瞳が無表情に朔を見つめた。
「朔」
高都匡は穏やかに朔を呼ぶ。
まるで気負わない、日常そのものの声だった。
「約束は果たしたんだろう。――帰ろう」
それだけを言ってくるりと踵を返す。すたすたと、歩いていく姿に少女の制服の背中が一瞬、重なった。
思わず同じように地を蹴って、同じように手を伸ばす。今度は手が届いた。しがみつくように背中から、わずかに自分より小柄な身体に腕を回した。血の通った、あたたかい、現実の肉体だった。
ぽん、と白い手が、宥めるように朔の腕を叩く。
「帰ろう」
「……うん」
頷いて手を離す。何事もなかったように歩いていく背中を追いかけようとして、ふと朔は振り返った。
見る影なく立ち枯れた木を見上げて、そっと笑う。
「梨花子の代わりに、待っててくれたんだよな。……ありがとう」
――ほんとうは、あなたと一緒に、行きたかったの――
風もないのに木の枝が、ざわりと震えたような気がした。
「ありがとう、な」
呟いて、朔は身を翻した。早足に追いついて並んで歩き始めると、苦笑する気配があって高都匡が斜めに見上げてくる。
「夕飯のリクエストは?」
「秋刀魚。すだちと大根おろしつけてな」
「じゃあ目黒にでも買いに行くかい」
「バカ殿じゃねーっつの」
ばかばかしい、いつもの会話が、心を日常に引き戻していく。
隣にいるのは朔をこの世の外に連れ出した美しい死神で、けれども朔を生の世界に繋ぎとめるのも、いつだって同じ存在だった。長すぎる繰り返しに飽いてしまわないのは、いつも隣を見れば匡がいるからだ。
「……さんきゅな」
「なにか言ったかい」
低い呟きは、匡の耳になら聞き取れたはずだった。聞こえないふりは、この相棒流の、わかりにくい照れ隠しだ。
「んにゃ、なんでも。とっとと帰って秋刀魚買いにいこーぜー」
「はいはい」
呆れたように笑って、背中を叩いてくる手がある。
同じ速度で同じ場所へ、たゆまずにすすむ足がある。
たくさんの約束を抱えても、壊れずにいられるのは、きっとそれがあると知っているから。
(俺も好きだったよ、梨花子)
ともにゆけなかった女に別れを告げて、瀬能朔は歩き続けた。
ゆく先は――未来。
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